意匠法の判例解説(2)

isyhouhou 2dimple 003 今回は、ゴルフボールのディンプル(dimple)に関する判例を解説致します。
dimpleの原義は「えくぼ」です。顔にできるくぼみですね。ゴルフボールのディンプルというのはボールの外形に形成されているくぼみです。これに対してゴルフボールの平らな部分はランド(land)といいます。
皆さん、なぜゴルフボールにディンプルがあると思いますか?ゴルフをやる方はおわかりかもしれません。私はゴルフ愛好家なのでゴルフ道具にも興味があるのですが、ゴルフボールにディンプルがあるのはボールを遠く飛ばすためです。ゴルフの歴史は古く、ゴルフボールにも歴史の変遷があり、昔はゴルフボールにディンプルがありませんでした。ゴルファーの願望は昔から変わらず、遠くにまっすぐ飛ばすことです。そして、飛ばすためにはある程度ボールを空中にあげなくてはならないのですが、空気の抵抗があるのでボールは押されてしまいます。でも、ディンプルがあるとディンプルがないものにくらべてボールがあがるのです。これはディンプルのあるなしによって空気の流れが変わり、ディンプルがあるとボールに揚力が生じるためです。dimple land.01 png

石川遼君がディンプルのないボールを打っても、遠くに飛ばせないはずです。ゴルファーはディンプルを発明してくれた人に感謝しなければならないのですが、JJトムソン(Joseph John Thomson、1856~1940)をご存じですか?トムソンは1897年に電子を発見した人とされていますが、彼はゴルフボールにくぼみがあったらボールは遠くに飛ぶのではないかと言っていたそうです。まだゴルフボールにディンプルがない時代のことです。偉い人は違いますね。
ついでにいいますと、ゴルフボールをまっすぐに飛ばすためにはボールの回転(スピン、spin)を順回転(オーバースピンあるいはバックスピン)にすればよいのです。皆さんもプロゴルファーがグリーンにボールを打ってボールがキュッと戻ってくるシーンをご覧になったことがあると思います。あれはアマチュアゴルファーのあこがれなのですが、ボールにバックスピンがかかっているので戻ってくるのです。プロゴルファーはバックスピンをかける技術があるわけですね。
これに対して、ボールにサイドスピンがかかるとボールは曲がります。右回転のサイドスピンのときにはボールは右に飛んでいきます。これをスライスといいます。反対にボールに左回転のサイドスピンがかかるとボールは左に飛んでいきます。これをフックといいます。
マスターズトーナメントでタイガー・ウッズが目前の木を避けてグリーンに乗せるため思いっきりフックをかけたシーンを見たことがありますが、彼は意識してフックをかけて左に曲がるサイドスピンをかけたわけで、アマチュアにはとてもまねできない所作です。

ゴルフの話が長くなってしまいましたので、判例の紹介に進みましょう。green2

知財高裁第2部  平成21年(行ケ)第10208号 審決取消請求事件
判決言渡日 平成22年6月30日
出典 裁判所ホームページ

どのような事件だったのか?
原告は、まず、平成6年4月20日に特許出願をしたのですが(特願平6-106107号)、分割出願をし(特許法44条、特願2002-105535号)、平成18年10月17日に拒絶査定を受けました(特許法49条)。そこで、原告は特許出願から意匠出願に出願を変更し(意匠法13条1項、意願2006-032111号)、平成19年4月6日に意匠登録を受けました(意匠登録第1300582号)。これに対して、被告が平成20年9月30日に原告の意匠登録第1300582号の意匠登録の無効審判を請求しました(無効2008-880022号、意匠法48条1項1号、3条1項3号。無効理由は引用意匠に類似するということです)。特許庁は「意匠登録第1300582号の登録を無効とする」審決を下しました。そこで、原告は審決の取り消しを求めて知財高裁に審決取消訴訟を提起したのが(意匠法59条)本件訴訟です。
(独立行政法人工業所有権情報・研修館のJ-PlatPatにて上記意匠等を検索できます。)

Ⅰ 本件意匠 (意匠登録第1300582号)

ishou 01特徴は、ディンプルの形がほとんどは六角形ですが、すこし五角形が混ざっているところです。

Ⅱ 引用意匠 (米国特許第4,991,852号明細書)

ishou 02本判決の結論
本判決は、原告の請求を棄却しました。つまり、特許庁の無効審決を維持しました。

本判決の内容
本判決の概要は以下のとおりです。

    ① 本件意匠と引用意匠の類似性について、まず、両意匠の一致点については、両意匠ともゴルフボールの球面全体に主として六角形の浅い凹面状の多数のディンプルが、隣接するディンプル同士の辺を共有するように密に配設されているとしました。ディンプルの数については、本件意匠は362個であるのに対し引用意匠は384個であるが、その差はわずかでありディンプルがボール全体を覆っている状況に基づく全体の美観は大きく異なることはないと判示しました。
    ② 両意匠の異なる点としては、本件意匠は五角形のディンプルもあるのに対し、引用意匠は五角形のディンプルが混在しているか不明であり、隣り合うディンプルの間に設けられたランドの幅が引用意匠かは不明である点をあげています。
    ③ そして、本件意匠の五角形のディンプルは総数365個中の12個だけであり、分散していて、圧倒的な個数の六角形のディンプルに埋没していて、強い美観を生じさせるものではないとしています。

本件意匠はゴルフボールのディンプルに関するものですが、特徴である五角形のディンプルの数が全体のディンプルの数に比べて圧倒的に少ないわけで、五角形のディンプルは目立たず、意匠で勝負するのは難しかったと思います。ただ、もし、五角形のディンプルを混在させることで飛距離が伸びるということであれば、使ってみたい気はしますが…。

弁護士・弁理士 石川正樹